殴られ、蹴られ、存在を否定され、僕は全てを終わらせた。ざきのプロフィール

  • ざき/山崎将貴
  • 1994年8月18日生まれ
  • 福島生まれ、新潟育ち
  • 美容専門学校を卒業後美容師
  • その後退職
  • 現在はコンビニでバイトをしながらブログを書いている
  • 趣味は、ブログ、サッカー、アイドル

 

 

今振り返ると、僕が美容師として生きていた2年間は苦しみの連続だった。

 

ある時は、顔面を思いっきりビンタされた

ある時は、いきなり後ろから蹴りを入れられた。

ある時は、「消えろ」と存在を否定された。

ある時は、大切な人の死を笑われた。

ある時は、夢を否定された。

 

僕が出した結論は、全てを終わらせることだった。

 

スタートから どん底 だった

2015年の4月1日にスタートした僕の美容師人生。初めから苦しかった

 

新入社員研修で「会社から1km先の駅に声が届くまで辞めない」と、自殺者を出した某広告代理店が生み出した社訓を、新入社員約30人で喉が潰れるまで叫ばされる所から僕の社会人生活はスタートした。

 

契約時には、

親や専門学校の教師には絶対に相談するな。お前らはもう大人だろ?

と、9割の新入社員が、求人票に書いてあった正社員としての契約ではなく、会社側に金銭的負担が少ない個人事業主として契約を結ばされた。

 

 

プライベートだけが唯一の安らぎか?と言われたら、答えは「NO」

 

皆が快適に暮らしている」と就職ガイダンスの時に言われ入居することを決めた、僕がプライベートの大半を過ごす家、社員寮は、築50年はくだらない古びた建物だった。

建物自体は見たことないくらい傾いていて、

廊下には穴、

水道からは得体の知れない色の水、

現れる巨大なゴキブリ。

 

…住みやすかったんじゃなかったのかよ。

 

引っ越せばいい

 

誰もが思うかもしれないが、僕がこの会社に入った最たる理由は「金欠

 

専門学校の入学金、授業料合わせて3,000,000円以上は、奨学金を2箇所から借りることで賄っていたくらいだ。

学生時代は、通学時間を考慮して一人暮らしをしていて、もちろん家賃はバイトをして支払っていた。

そんな僕に貯金なんてある訳なかった

どうしても関東で美容師をしたかった僕にとって、もはや選択肢は値段があまり高すぎない寮があるこの会社しか無かった。

 

激務、激務、激務

勤務先の美容室の休みは完全週休2日制と聞いていたが、繁忙期は週に1日。

もちろんタダ働き

夏休みは5日間。でもその5日間分働かなきゃいけないから実質0日

夏休みを取るために18連勤したのは今でも覚えてる。

 

正月休みは1月1日のたった1日だけ。

もらえるだけありがたいと思え

ってお偉いさんが言ってたような気がする。

 

もちろん有給なんて存在する訳ない

 

求人票には、賞与(ボーナス)ありって書いてあったけど、実際は店販(店の商品)を売った金額の10%が貰えるだけ。

人生初のボーナスは税金引かれて40円。ボーナス払いで買えるのは駄菓子くらいだった。

 

早い時は朝の7時から、遅い時は夜の11時まで、営業に練習

こんだけやっても、

美容師なんだから当たり前

と先輩美容師の一言。

 

悲しい現実を受け入れるしかなかった。

 

逃げるようにして辞めた

他のお店に週1でヘルプ(手伝い)に行っていた。

僕は、自分の店舗の代表としての自覚を持って、真面目に仕事に取り組んでいた。

しかし、ある日いきなりヘルプ先の店の店長に嫌がらせを受けるようになった

ヘルプ先の一緒に働いていたスタッフに聞いても僕の素行には問題無かったとの事。

生理的に受け付けなかったのだろうか。

 

週に1回のヘルプに行くたびに嫌がらせを受けた

初めは無視だけだったが、

徐々にエスカレート。

ど突かれたり、ビンタされたり、何の前触れもなく後ろから蹴りを入れられたりした。

 

暴力は確かに嫌だったが、一番嫌だったのは、そんな物理的な嫌がらせではない

ある時言われた、

 

消えろ

 

の一言。

 

僕の存在を否定された。とてつもなく悲しかった。

 

そこから僕はヘルプに行くことを恐れるようになった。そして、

 

夜は眠れなくなり、

死にたいと思うようになり、

気づいたら涙が流れてることも多々あった。

 

そんなキャラじゃないので必死に隠していたが、ある日の朝、やっとの思いで寝れた5分間の眠りから目覚めた瞬間に、起き上がれなかった。

その時僕は、

このままここにいたら死ぬ

と直感し、数分かけて何とか体を起こし、母親に泣きながら電話をかけ、現実から逃げるように神奈川を後にして地元の新潟県に帰った。入社から約1年と2ヶ月が経った、2016年5月27日の出来事だった。

 

廃人のような生活、そして立ち上がる

結果はうつ病だった。

辞める為に診断書が必要と言われたので心療内科に行った結果だ。

会社側から事情聴取があるわけでもなく、淡々と手続きだけが進み。あっさりと退職手続きが完了した

 

なんで僕がこうなったかわかりますか?

と一回試しに訴えてみたことがあったが、

それは本社には関係ありません

なんて返された記憶がある。

まぁ、そんなことはどうでも良かった。

 

辞めてから、約3ヶ月間ニートを経験した。

そして、3ヶ月経つ頃には体調も完全に回復し労働意欲も湧いた

 

元々、美容師を続ける気はさらさら無かったが、

 

もしかして、他の会社に行ったら環境が違うんじゃないか?

 

と思うようになった。1社だけで判断するのはもったいないということで、美容室に再就職することを決意した

 

やっぱり美容師をやるからには関東が良かったので、短期のバイトをして資金を貯めてから東京に行こうと思ったが、丁度そのタイミングで叔父が、

社員寮からアパートに移るから一緒に住んでもいいよ

と言ってくれたので、すんなりと再び関東上陸。

 

今度は風通しのいい職場にしようと個人店を狙って就職活動。第一希望に無事決まった

 

 

結局何も変わらない

 

結論から言うと、結局同じだった

 

個人店を選ぼうが、複数店舗を持つ大きい会社を選ぼうが、やはり美容室は美容室、体質はおなじだった。

 

先輩に気に入られなければ、仕事を全く与えてもらえないor全ての仕事を押し付けられる

 

下っ端は先輩の顔色を伺いながら働く日々。

 

店の掃除もせずにケータイを延々といじってる奴もいれば、

自分のお客さんをこっちに任せてタバコを吸いに行く奴もいれば、

シャンプーで来た客のシャンプーを下っ端にやらせて飯を食らう奴もいた。もちろん売り上げはこっちに1銭も入らない

 

まぁ、ただ、暴力を振るわれる事は無かったから、先輩の行動にイライラはしながらも辞める気は無かったやる気もなかったけど。

 

大切な人の「死」

この会社に入社したのが2016年9月12日。そこから月日は流れ時は2017年2月8日。

僕の人生で一番悲しい事件が起こった。

僕が応援してるアイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバーである、松野莉奈が急逝した。

致死性不整脈という稀な病気による突然死だ。寝ている間に息を引き取ったらしい。

8人いるメンバーの中で僕が一番応援している子だった。

 

享年18歳。

 

大好きだった僕の生きがいの1つだった

 

彼女の屈託のない笑顔に何度も癒された。

 

歌もダンスも決して上手とは言えなかった彼女。

それでも、笑顔で精一杯歌って踊る姿に僕は何度も勇気をもらっていた。

 

なんで僕なんかより頑張ってる人がこんな目にあうんだ。

まだまだやりたいこと沢山あったに決まってる。

アイドル活動だって

モデル活動だって

恋愛だって

なんでこの世ははこんなに不条理なんだ…

 

仕事中にその情報を知った僕は、涙をこらえることはできなかった。

その場で泣き崩れた。人前で泣くことなんて絶対にしたくなかった。でも、制御できなかった。

泣き崩れたまま、しばらく立ち上がる事ができなかった。

 

そんな僕を見てスタッフは笑った。

 

そしてあるスタッフは笑いながらこう言った。

なんだ。大切な人が亡くなったって彼女かと思ったら、アイドルね!心配して損した〜!

 

めちゃくちゃ悲しかった。自分の存在を否定されることの数倍悲しかった

どうして、そんな事を平気で言えたんだろう。

今でも思い出しては悲しくなる。

 

この事件を機にこの会社に対する嫌悪感が増した。

 

突然の事故。そして仕事に行けなくなった。

大切な人の死。それ以来、どんどんやる気はなくなっていた。それとは裏腹にやるべきことは増えていって毎日が辛かった

仕事行きたくないな…

そんな思いを抱えながら、朝の駅に向かった。

もはや仕事に行く理由は食いつなぐため。ただそれだけだった。

 

2017年5月の初旬。

いつものように仕事に向かっていた。

 

しかし、職場にたどり着く事はなかった。

 

気がついたら、僕は地面に倒れていた。

歩いている途中に何者かと交錯してバランスを崩し転倒。近くにある柱に頭を強く打ち付けたらしい

 

起き上がると、猛烈なめまいと吐き気。

近くの病院に直行したが、

ここでは判断が難しい

と一言。

 

大学病院の有名な教授を紹介してもらいそこで精密検査を受けることになった。

 

結果は、

メニエール症候群

簡単にいうと、めまい、耳鳴り、難聴が続く病気。

頭を動かすと視界がぐるぐる回り、それによって吐き気を催す

それに加えて僕は、左耳の聴力を失いました。

 

そんな中で仕事が出来るはずもなく、1ヶ月の長期休養が決まった。

 

転機が訪れる

休養中はとにかく横になっていた。

動くとめまいに襲われるから。

ただ、リハビリを重ねることで良くなるらしく、ベットから起き上がる動作をしたり、家の中を少し歩いたりした。

 

そしてある、ぼーっと眺めていたTV番組で、堀江貴文氏を見かけた。

その時は「ホリエモン久しぶりに見たな〜」くらいにしか思っていなっかった。

しかし後日、リハビリを兼ねて、近くの本屋にに立ち寄った際、堀江さんの本「好きなことだけで生きていく」を見かけた。

 

本を買う事はあまりなかったが、タイトルに強烈に惹かれて購入

いざ読み始めたら止まらなくて、あっという間に読み終わった。

 

この時に自分と向き合い、本当に美容師として一生やって行くのかを考えるよになった。

結果は、「分からない

ただ、1つ分かったのは、「人間関係」という要因で夢中になれていなかったという事。

「人間関係」から目をそらす事で、「美容師という仕事」からも目を背けていた。

そこで僕は、

 

数日間美容に打ち込んで、この仕事好きだなって感じなかったらすっぱりやめよう

 

と決意した。

体調も日に日に良くなってきたのと、

店側から「早く出てくれないと困る」とのプレッシャーもあり、

療養期間の1ヶ月を前に復帰した。

 

復帰後数日間、美容師として美容に打ち込んだ。

結果は、

 

辞める

 

そうと決意した翌日にはすぐに報告した。

 

そこからは怒涛の行動

 

  • Twitterで自分を発信するためのアカウントを設立
  • 辞めると報告した日の帰りに、PCを60回払いのローンを組んで購入(毎月5千円返済の×5年)
  • PCとは無縁の生活を送っていたので、3日間かけてword pressで当ブログを設立
  • 勇気を振り絞ってブロガーが集まるオンラインサロン「あんちゃ&るってぃのヤるサロン」に入会

 

職場では、辞めると言った途端全員から基本的に無視された。

営業中に休憩をもらえず、ひたすらシャンプーをしていた日もある。

ブロガーになる」と言ったら、「そんなんで食っていける訳ねぇだろ」と全面否定もされた。

 

でも、僕は進み続けた。

 

多少のいざこざもありながら、2017年6/9日に無事退職

 

僕は、全てを終わらせた。

 

堀江さんの本に出会ったのが5/17

退職したのが6/9

 

1ヶ月足らずで僕の人生は激変した。

 

自分自身を肯定してくれる環境

オンラインサロン「あんちゃ&るってぃ」のヤるサロンに入って僕の人生は加速した。

【完全版】巷で噂のヤるサロンとは、本気で「何者」かになろうとする集団だ

みんながそれぞれ、熱い気持ちを持っている環境

できる訳ない

なんて誰も言わない

失敗したって次に活かせばいい

と、皆が背中を押してくれた。

 

殴られ、蹴られ、罵られ、否定され続けてきた自分を受け入れてくれた。

 

僕は、この環境に触れてから。本当の自分自身に出会い、自分の目標、夢を見つけることができた。

尊敬する人をいつまでも尊敬の眼差しで見ることに嫌気がさしてきた。

 

山崎将貴には夢がある

 

僕には夢がある。ブログを始める頃、数ヶ月前までは

自分自身が死ぬ時に笑顔で死ぬことだった。

しかし、今は違う。

たくさんに人に与えられて、僕は今日までたどり着けた。

それなのに僕一人が満足して終わる夢に満足できなくなった。

今度は僕が与えたい。

 

僕を信用してくれる全ての人の力になりたい

 

僕は楽しみながらがむしゃらに僕の言葉をこのブログで伝えていく。そんな僕のブログを見て、

 

時には、踏み出す勇気

時には、役にたつ情報

時には、少しの笑い

時には、感動

 

を感じてもらって、少しでもあなたの「力」になれたらそんな幸せなことはない。

 

 

 

 

僕は1度自分の人生を終わらせた。

 

そして、2017年5月31日

 

このブログを立ち上げたこの日に、

 

僕の本当の人生は動き始めた

 

僕を信じてくれた全ての人の力になることを心に決めて

 


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6 件のコメント

  • 感動しました!

    僕も社会からはみ出てブログ1本で生活してますが、仕事辞めて旅を始めるまでに、今までの自分は一度死んだと思ってます。

    もう好きな事だけして生きましょう!ブログはそれを叶えてくれると思いますよ!

    普段はコメントしませんが、これはコメントせねばと^_^;

    • コメントありがとうございます!普段はしないとのことなので嬉しいです!!

      はい、好きなことだけで生きます!ありがとうございます!!!!!

  • あんちゃさんのtwitterからこのブログを知りました。
    自分ではすごく頑張っていても、上司には認められず、日々死のうかと思うようなツライ思いをされて・・・
    自分が研修医だった頃を思い出しました。
    まさに人間扱いされない日々。
    でも、よく勇気を振り絞って辞めることができましたね!
    辞めるっていう行為は、本当に難しいです。
    死ぬより難しい。
    上司を殴るよりも難しい。
    エライ!!!
    ブログ、本当に応援してます。
    ざきたすさんの経験を、ぜひブログでどんどん発信してください。
    縁もゆかりもない僕ですが、応援してます!!

    • コメントありがとうございます!

      素敵なコメントに感動してしまいました…
      応援してくださり、ありがとうございます、これからも邁進しますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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