かつて仲良くしてくれた友達ともう一生会えないかもしれない。


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ここ最近「会える距離にいようが、もう会うことのない友達は沢山いるんだろうな」と毎日感じている。

 

僕の意識が高くなってしまった。

原因は、間違いなく僕の意識が高くなったから。

ブログを始める前は、「あ〜仕事辞めてぇ」なんて毎日文句を垂れ流しながら毎日生活していた。

飲み会に行って自分から話すとしたら、「労働環境の愚痴」か「職場の人間の悪口」

もちろん100%こんな話をしていた訳では無いが、とにかく人を悪く言って自分の人生を正当化する毎日を送っていた。

しかし、職場で死にかけ、1冊の本に出会い、ブログを始めてから周りを取り巻く環境は一変した。

参考記事:ブラック企業に殺されかけても僕は生きてゆく【元美容師ざきのプロフィール】

ネット上で繋がった周りの人間は皆、めちゃくちゃ生き生きしていた。

人の悪口は言わないし、常に考えながら行動しているし、なにより自分の人生を生きていた。

自分の人生を生きるというのは、自分で選択をして自分の人生を決めること。

そんな考えの人たちが取り巻く環境で、徐々に僕の意識は変わっていった。

 

これから会わなくなる地元の友達は間違いなく増える。

決定的に「周りと考え方が違う」と実感したのが、「3年間付き合った彼女との別れ」

3年一緒にいた彼女の考えがよく理解できない事が増えた。

参考記事:3年間付き合った彼女と別れました

 

結果、そこからくるお互いの将来のビジョンの不一致で別れることになってしまった

さらに、彼女と別れたことで地元の友達や親とも話したりLINEする機会が増えたんだが、大半の人が僕に向けて放つ、

  • 「別れなかった方がいい」
  • 「彼女がかわいそう」
  • 「もったいないことをしたね」

こういう周りが放つ言葉の意味が全く理解できなくなってしまった。

だからと言って僕は地元の彼らや親の意見に同調するつもりはない。

結果、今まで僕と仲良くしてくれた友達は多かれ少なかれ僕の元から離れていくだろう。

 

勘違いして欲しくないので少し補足するが、彼女や地元の友達、親の誰が悪いとか自分が悪いとかそういう話では無い。

「シンプルに互いの考え方が合わなくなってしまった」ただそれだけの話。

そして、「そもそも話が合うから仲良くなっただけで、話が合わなくなったから疎遠になる」ただそれだけの話。

そこに「誰の考えが悪い」なんて概念は存在しない。

 

自分で選んだ道に後悔はしない。

僕は最近、異常なまでに「これからの人生は、自分の選択で好きなように生きる」ということにこだわっている。

理由は簡単、「この人生は『自分のもの』だから」

自分の人生なのに他人の意見に流されて他人の意見に流されるまま、不本意な人生を送るのは御免。

僕は、他人の意見は聞くにしても、それに従うか従わないかは自分自身で「選択」する。

この軸は今後、今はない結婚願望が芽生えて結婚しても、その間に子供を設けようが変わることはない。

ただ、自分で選択した人生なので、必ず自分で責任をとる。これは絶対のルール。

そのルールのをもとに、これから人生の苦楽をしっかり噛みしめてゆきたい。

そして死ぬときに「我が人生に一片の悔いなし」と言って生涯を終える。

ラオウかよ。



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